The Japanese Journal of Antibiotics
Vol.74 No.2 June 2021
◆総説
【住木・梅澤記念賞受賞後の研究】
住木梅澤記念賞受賞後25年報告
ケミカルバイオロジー研究基盤としての化合物アレイ技術
長田裕之
P.123-138, 2021
我々は,これまでに理化学研究所抗生物質研究室で収集してきた天然化合物およびその類縁体を基にして,理研天然化合物バンク(NPDepo)を設立した。NPDepoライブラリーの効率的活用法として,化合物アレイ法を確立し,目的タンパク質に結合する小分子(リガンド)のスクリーニングを行っている。本総説では,化合物アレイ法の技術開発とスクリーニング結果についてまとめた。
【住木・梅澤記念賞受賞後の研究】
ゲノム情報を活用した次世代物質生産系の開発
池田治生
PP.139-172, 2021
Streptomyces avermitilisが生産するavermectinはヒトならびに動物の駆虫薬として広く利用されている。20世紀末にavermectin生合成遺伝子群の配列解析を完了した後,生産菌のゲノム解析を行う機会を得た。Streptomyces属の放線菌は多種多様な生物活性を有する2次代謝産物を生産する微生物として,また主要な医薬品などの生産菌として産業上極めて重要な微生物であるため,そのゲノム解析結果は多くの情報が得られるものと期待された。S. avermitilisのゲノムは原核細胞生物の中では極めて大きいこと(9,025,608塩基対,7,574の遺伝子),さらに原核細胞生物にもかかわらずその染色体は真核細胞生物と同じ線状構造である。また,ゲノム上には当初の予想を越える数の2次代謝産物の生合成遺伝子群(少なくとも30種以上)が配置していることが明らかとなったが,これらの多くは休眠状態であった。ゲノム上のそれぞれの遺伝子産物の推定される機能および配置から生育などの必須な遺伝子は線状染色体の中央のおよそ6.5 Mbの領域に配置しており,染色体の両末端には非必須遺伝子(2次代謝物質生合成遺伝子群を含む)が配置していることが明らかとなった。本菌はavermectinの工業的な生産菌として利用されており,物質生産のための本質的な機能を有している生物と考えられるため,本菌の物質生成能力を利用した異種の2次代謝産物生合成遺伝子群の発現系を構築することを計画した。この目的のため,内在性の主生産物の生合成遺伝子群の除去はもちろんのこと染色体両末端の非必須領域を欠失および編集を行い,野生株のゲノムのおよそ80%の大きさの組換え株を作製した(S. avermitilis SUKA; Special Use Kitasato Actinomycetales)。得られたゲノム縮小株を用いてこれまで40種以上の異種2次代謝産物生合成遺伝子群の導入ならびに発現に成功した。多くの場合物質生産が認められ,さらにはそれらの生産量は元株の生産菌よりも多い場合が複数観察された。また,休眠状態の生合成遺伝子群を上記のゲノム縮小株に導入させることによって導入した遺伝子群が覚醒し,物質生産が開始した例も数例確認された。一方,放線菌を含む原核細胞生物からは植物で見出されるテルペン化合物の生産は極めて少ないが,生物情報学的なテルペン合成酵素の解析によって,公的データーベースの原核細胞生物起原から多くのテルペン合成酵素の候補を見出し,最終的に上記のゲノム縮小株を用いて強制的に発現させ,13種の新規な骨格を有するテルペン化合物を発見するに至った。このように上記のゲノム縮小株は異種2次代謝生合成遺伝子群の発現に極めて有用であることが確認されたため,リボソーム翻訳系翻訳後修飾ペプチド(RiPPs)化合物であるprethioviridamideについてその生合成遺伝子の編集によって35種のアミノ酸置換型誘導体の創製法を開発した。得られたアミノ酸置換体のいくつかは元の化合物よりも生物活性が上昇していた。一方,多様な生物活性を有する大環状ラクトン化合物の生合成遺伝子群はポリケチド合成酵素遺伝子を含むため60 kbpあるいはそれ以上の大きさからなるものが多い。我々はこのような巨大な生合成遺伝子群を上記のゲノム縮小株に安定に導入および発現させる系を開発した。この系を用いてrapamycinのポリケチド合成酵素遺伝子の編集を行い,種々の非天然型の誘導体を生産させることに成功した。このように上記のゲノム縮小株を用いた異種発現系は,非天然型の誘導体を創製する新たな革新的技術として有用であることが確認されるとともに今後の創薬展開にも多いに期待されるものと思われる。
◆症例報告
診断に骨シンチグラフィが有用であった黄色ブドウ球菌による腸腰筋膿瘍の1例
渡邉泰二郎・草野泰造・山本翔大・深沢千絵・竹内典子・大楠美佐子・諏訪部信一・石和田稔彦・星野 直
P.173-179, 2021
診断に骨シンチグラフィが有用であったMethicillin-sensitive Staphylococcus aureus; MSSAによる腸腰筋膿瘍の一例を経験した。症例は14歳女児,発熱と体動困難で前医を受診し,感染巣不明のMSSA菌血症として抗菌薬を2週間投与され退院となった。しかし,1週間後に発熱と体動困難が再燃し,当院へ入院した。精神発達遅滞のため,症状の把握が困難であったが,筋骨格系感染症を疑い骨シンチグラフィを施行したところ,右骨盤内に集積を認めた。その後MRIを施行し,右腸腰筋膿瘍および右腸骨,仙骨骨髄炎と診断した。洗浄ドレナージを施行し,同時に採取した膿汁よりMSSAを分離,6週間の抗菌薬投与により後遺症なく治癒した。腸腰筋膿瘍は,感染巣の特定に難渋することがある。治療方針や抗菌薬投与期間の決定のため,画像検査等積極的な感染巣の検索が必要である。